鬼も福も、いるね

節分でしたわね。

124年ぶりに2月2日なんですってね。閏年や日にちの誤差がナンとかカンとかで、なんだか124年ぶり。いまいちよくわかっておりませんが、来年は2月3日。

だけど4年後の2025年はまた2月2日。へぇー。

豆、まきましたか。

掛け声、なさいましたか。

「鬼は外、福は内」

どこかの土地では「鬼も内、福も内」だそうですわね。

豆をまきながら。

ふと。

これって自分のことなんだなと思うのでございます。

自分の中にある「鬼」を見つけて、外へ。

自分の中にある「福」を 見つけて、内へ。

まず見つけなきゃ、外にも内にもできない。

そんでもって、自分の中に「鬼」がいるってことを認めなきゃならない。

いるね、いるもんね、鬼。

さらに自分の中に「福」がいるってことも認めちゃう。

外からもらうんじゃないのよ、 いるね、いるもんね、福。

だけど自分の中に「鬼」なんているわけがないって思いたいのがニンゲンで、

自分以外のところに「福」 があると思い込むのがニンゲンで。

自分が「鬼」に振り回されているのに気づかない。

いるって認められたら、「鬼」って小さくなる。

自分の中に「福」がいるってことに気づかない。

いるって認めたれたら「福」って大きくなる。 

ぼんやりした話に聞こえるけれどそうじゃないの。

わたしは今、怒っている。

わたしは今、悲しんでいる。

わたしは今、喜んでいる。

わたしは今、楽しんでいる。

ただのメタ認知。

だから「鬼」も「福」も外も内もどっちにいてもかまわないなと思う。 

だってどうせ自分の中にどっちもあるんだもの。 

なにが言いたいかといいますとね、

久しぶりの豆まきは、ちょっと楽しかったのですよ。


 鬼に金棒と豆。

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