このブログを検索

2018年3月29日木曜日

お稽古と、深津さんのこと

本日のお稽古。
みっちー先生がやってまいりました。
通しを見てもらって、どんなふうに体を動かすのかを考えてくれます。
頭から最後まで観たあと、
みっちー先生がつぶやく。

「けっこう・・・(お芝居、激しく)動いてますね」


「地味にしんどいっすねぇ・・・」

と、とみさん。
見目麗しいけれど、しゃべるとガテン系。

実奈ちゃんはこの前、

「こんなに動くの、初めてかもしれないっす・・・」

見目麗しいけれど、しゃべるとガテン系。

その上に、さらにみっちー先生のダンスが入るわけでございます。
苦しい・・・でも、ガンバる!! ポーズ。
苦しいときこそ、指先まで。
魂は細部に宿ると思っておりますので、
ささやかなことを丁寧に。


先週の日曜日、25日に深津演劇祭の後夜祭がありました。
ワタクシは東京でお稽古でしたので参加できませんでした。
素敵な後夜祭。
演劇祭に参加させてもらって感謝でございます。
参加できなかったので、コメントをお送りしました。
当日は桃園会のはしけんが読んでくださったそうです。
ありがとうございます。

コメントはこちら。

宝探しは宝を求めて冒険をする。
目的は、宝。
あるいはその過程の、冒険そのもの。
宝探しはたいへん分かりやすい。

深津さんの言葉は、瞬間の変化の発見だ。

旅の道すがら、
足元に転がる変わった石ころが、
なんだかちょっと気になるから拾っておく。
ポケットは変わった石ころでいっぱい。
あてもなく歩き続ける。
ふとポケットの石ころが震えたような気がして覗き込む。
と、
さっきとは少し違った石たちに見えはじめる。
いつ変化したんだ? 
と、じっと見る。
見つめる。
見つめ続けると、
石ころの色が変わり始める。
太陽や月の光を受けて、
キラリと光ってそのうち、
自分の手の中で宝石に変わっている。
ああ、拾ったあの石たちは宝石だったのだと、
今、この瞬間に発見する。
宝探しとは、まったく、ずいぶんと違う。
じっと見つめることで、気づかされる。

blue filmは発見の連続だった。
「正解」ではない、「発見」
チラシに深津さんの写真を使わせてもらい、
それを横に置いて稽古をする。

「さて、樋口、お前はどう読むんだ?」

と、問いかけられる。

(なんて、私がそう感じているだけなのだけれど)

「俺が書いた正解を探せ」などとは、決して言わない。

(なんて、私がそう感じているだけなのだけれど)

「お前がどうするか、だろう?」

自分の脳内の声なのだろうけれど、きっとそう問いかけている。

あのですね、深津さん。
わたしは2018年という「今」を立ち上がらせることでしか、
この戯曲と向かい合えないと思いました。
わたしと深津さんの距離。
あの朝焼けから、2018年という距離。
在る肉体と、無い肉体の距離。

もっともっと、深津さんと距離がある若い人たちが
石ころが宝石に変わる瞬間を体験出来ればと願う。

                     Plant M 樋口ミユ

0 件のコメント: