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2018年1月20日土曜日

振り返ってみて、blue film

無事に終わりましたー。
振り返ってみるわけでありますが。
まずいつもなら本番前にするはずの役者紹介が、本番後に。
駆け足になりますが・・・
怒涛に!
大東町少年少女探検隊の皆様からっ。


赤いネッカチーフをしている男1、かがりに一番初めに話しかける男1。
石畑達哉くん。
なにかひとつ、疑問を投げかけるとそれを決してナシにしない。
そして自分で発見する。
少しずつ、少しずつ、確実に進む。

ピンクのネッカチーフをしている女1、
長谷川りかちゃん。
一番初めの読みの時に、言葉が少し弱いのかな、と思っていたけれど。
ナンノナンノ。日々、変化する。
吸収力が、スポンジみたい。
きっとたくさん現場を踏めば踏むほど、いろんなものを自分の糧にするのだと思う。

緑のネッカチーフをしている男2、
西村智之くん。
声がいい。これってとても重要なことだと思う。
で、実はけっこう物怖じしない。その場に存在している。もしかしたら意図せずなのかもしれないけれど。 そこにいるって、すごく抽象的な言い方だけど、とても簡単だからこそとても難しい。

黄色のネッカチーフをしている女2、
河ヱ仁美ちゃん。かわうぇーと呼んでいる。Plant Mには以前にも出演してもらったことがあります。みんなよりちょっとお姉さん。これは30代の貫禄。縁の下の力持ちでございます。実は大東町少年少女探検隊の一番土台の空気を作ってくれていたのはかわうぇーでした。見えないんだけれどね。

大東町少年少女探検隊のみなさんは、舞台上でじっと座っております。稽古場でももちろんじっと座っております。他のシーンの稽古の時、彼女彼らはじっと稽古を見ているのであります。そして不思議なことが起こるのです。ずっと稽古を見ていたあとの、少年少女探検隊のシーンが驚くほどの変化を見せたのです。
他の稽古を見て、それを自分たちのシーンに変換したわけであります。
ああ、稽古を見るってとても大切なのだと彼らから教わりました。
当然のことなのだけれど。
うっかりすると、自分のことだけになる昨今。
彼らは自分たち以外のところからヒントと糧を引っ張り出し、
自分たちのモノにしたわけであります。
なぜ彼らが変化できるのか。
考えているからなんだなぁと。
密かにその瞬間、ワタクシの心が跳ね上がりました。


隊長と呼ばれるヤヨイちゃんの大浦千佳ちゃん。
アカデミー同期の二期修了生でございます。
授業で一度、「棒になった男」を演出した時に千佳ちゃんに出てもらいました。
修了後にラジオドラマで出演してくれたことはありますが、
公演で関わるのは今回が初めてでございます。
千佳ちゃんは、その瞬間を生きるのであります。
子どもが雨を見たときにキラキラ笑うみたいに、初めて見たものを何度でも感激する。
東京の小さな巨人。

そして、かがりである出口さん。
こちらは大阪の小さな巨人。
blue filmをやろうと思った時に、
ヤヨイちゃんは絶対に千佳ちゃんにお願いしようと決めておりました。
かがりを出口さんに決めていたこともあって、
陰と陽みたいに。
似ているのに全然違う。
お互いに欠けているところが、二人揃うとひとつになる。
そんな二人にしたかったのでございます。
鏡をのぞく時、なにかとても大切なものを忘れてしまったような感覚にならないかと。
喪失感、という分かりやすい言葉を使うなら。
出口さんは喪失感のただなかで、ひたすら必死に自分を立たせようとするかがりそのものであったなと思うのであります。


理科の先生、橋本浩明くん。
「酔っ払って帰るともうどこだか分からない」
というセリフがあります。
そこには後悔が。
悔しさが。
そして明らかに自虐が、
滲み出るのであります。


唄の先生、猿渡美穂さん。
「あの太陽止まってるみたい」
というセリフ。
「続き読みたいな」
というセリフ。
止まってしまっている、
ということに気づいてみてくださいと言ったあとから、
ヤヨイに気づかせないような、そんな先生らしい配慮がこれもまた、滲み出る。


3姉弟。
お姉ちゃん、ののあざみさん。
喪服女優と名付けました。喪服が似合う。ひとりっこなのに。姉。
弟の頭を当然のようにはたく、姉。
そこに生活が滲み出る。

真ん中の弟(兄)、橋本健司くん。
初演は弟だったのですが、今回は兄となりました。
はしけんは余計なものをつけない。
だからはしけんの内側が震えると、きちんとこちらに伝わる。
これもまた、滲み出る。

弟、堀井和也くん。
アカデミー4期修了生。Plant Mには以前に出てもらったことがございます。
アダルトの中にぶっこまれたヤングでございます。
劇場に入って、きっと何かを感じたのか。
16日におさるの公園に足を運んで、何かを感じたのか。
「スタンドバイミーみたいやいうてにいちゃんに怒られた」
大きく変わったホーリーでした。
変わったということを、ホーリー自身と、ワタクシが、同じように感じられたことがとても嬉しい。


保線区の男、最年長の山田一幸さん。
20代の私が観たお芝居で、こんなすごい人がいるんだと思った俳優さん。
「拾っても、拾っても、なぁ」
保線区の男が何を拾っているのか。
滲み出るどころの騒ぎではございません。


そして駅長さん、中野聡くん。
冗談なのか本気なのか。実生活からまるで駅長を実践しているかのようです。
そこにいるのか、いないのか。
まるで見届け人のように。
何も手を貸さないし、邪魔もしない。
ただ見つめている。
少しの距離を取って。
ののさんから、中野くんのブログが面白いと聞いて見てみたところ。
ワタクシにはツボでした。


チラシを深津さんの写真にしたのは、
いつも見られている状態にしようと思ったからでした。
何を思っていはるんやろかと、考えてもどうしようもないことを思いながらチラシをそばにおいて稽古をする。
深津演劇祭のなかで、私はたぶん、他の方たちとはちょっと違う立場なんだろうなと。
直接に師事したわけでもなく、ものすごく昔からの知り合いでもなく、同世代でもなく、お芝居が終わると飲み屋や、なんだかんだの集まりの飲み屋や、DIVEの集まりのあとの飲み屋や、飲み屋ばっかりやないか。演劇やお芝居のことをあんまりよく分かっていない娘っ子が、近所のお兄ちゃんと話すみたいに、魚の料理の話なんかを聞いたりした。
「深津さんは、書くのと演出するのと、どっちが好きっすかー?」
なんてことを聞いたりして、
「どっちも好きや」
という答えに、
「ふーん」
というなんの発展性もない返事をしたりした。
今回の本番が終わった夜、シャワーを浴びながらふと思い出したことは、
「深津さん、私、愛人バンクとかに登録して働いてみようと思うんですけど」
なんて相談をした時に、
「あんな、樋口。愛人バンクて、呼ばれたとしても戸口で結構はっきりチェンジって言われるからな」
と、やんわり止めてくれたことを思い出したりした。
思い出した思い出は、これは誰の思い出だろうかと思う。
私の思い出でいいんだろうか。
そこに深津さんはいないのに、これを思い出としていいんだろうかと考える。
この会話は、私と深津さんの会話で、他の誰も知らない。
私はこの会話を誰と共有出来るんだろうか。
書きながら、一言一句間違いなく本当にこんな会話だったのかさえ分からなくなる。
私はきっと、深津さんのように生者と死者を本当に地続きでは考えられないから、戯曲では地続きで描いているところも分けた演出プランを考えた。
理想と願いは地続きでいたいと思っていても、肉体がないことが私にとっては大きな違いだったからだと思う。もう少し生きていれば、本当に、生者と死者の本当の地続きを見つけられるんだろうか。もっと生きないと、やっぱり見つけられないんだろうか。
けれど、本当のところ、もしかしたら深津さんの死や震災の多くの人の死も、フィクションなんじゃないだろうかと思うこともある。
あれはなかったこと。
ある時、ひょっこり全てがもとに戻ることがあるんじゃないかと。
そんなわけがあるはずもない。
それこそフィクションだ。
だけど何も掴めないから現実と想像を行ったり来たりする。
何が今で。
何が実体で。
何が現実で。
何が真実か。
そんな掴みきれない人間という愛しいものを、描いているんですねぇ、深津さん。

たった1日きりの戯曲公演。
出演してくださった役者の皆さん。
支えてくださったスタッフの皆さん。
アイホールの皆さん。
たった1回の公演を観に来てくださった皆さん。
たった1回だから観に来れなかった皆さん。
本当にありがとうございました。
もちろん深津さんに。
そして震災で亡くなった全ての方たちに。
心から。
感謝。
覚えている人はずっと。
覚えています。ずっと。

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