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2014年2月4日火曜日

ご冥福をお祈りします。

「血、切ってみる。」

の舞台写真を撮ってくださったカメラマンの石川隆三さんがお亡くなりになりました。
ご冥福をお祈りします。

誰かの訃報を知るたびに、
どうして人はいなくなってしまうのだろうと考える。
なぜ人はいるのだろう、とも考えてしまう。
いなくなる不思議さは、今生きている不思議さと同じだ。
石川さんがシャッターを切った指はまだこの世界に、指としてあるけれど、
シャッターを切ろうとした意識は、どこに行ったんだろう。

宗教が言うところの死後の世界というものは信じない。
けれど無になるとも思えない。
どこかへ行くのだと思うけれど、そこへはまだ行ったことがないから分からない。
想像するだけだ。

誰かの訃報を知るたびに、
いなくなってしまったたくさんの人のことが思い出される。
皆はどこへ行ったんだろう。
まだ行ったことがないから分からない場所へ、みんな行くんだろうか。
時間と空間に縛られない場所があるんだろか。
そこは安らげるんだろうか。
苦痛がなくなるんだろうか。
光はあるんだろうか。
闇もあるんだろうか。
静かなんだろうか。

なんてことを考えながら、パソコンのキーを打つ自分の指をまじまじと見る。
動いている。
細かく動かすことも出来るし、
大きく動かすことも出来る。
指先に血が流れていることを、少し集中して感じ取ってみる。
血流によって指がかすかに揺れる。
ああ、流れているんだと思う。
この細やかな機能は、「血よ、流れろ」なんて意思で動いているわけではない。
副交感神経と交感神経の~
なんてことを言いたいわけじゃない。
体があるから意思が生まれるんだろうか。
それとも、やっぱり意思は体とは別ものなんだろうか。
わたし、と思っている、わたしは何なのだろうか。
どこから来たんだろうか。
飛んできたんだろうか。
浮かび上がってきたんだろうか。
ポン、とはじけたんだろうか。
流れてきたんだろうか。
子どもの頃に浮かび上がった疑問はなにひとつ解決されないまま
ここまで時間が過ぎてしまった。
今日もまた解決できない問いに埋もれてしまう夜になる。

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