2月28日にバチクソに右足を骨折しまして、3ヶ月が経ちました。
手術、入院、退院、車椅子。
先週には車椅子を卒業。
我孫子の武美屋さん、本当にありがとうとございました。
ただいま松葉杖移動となっております。
来週には松葉杖もはずせるそうです。
ま、ま、まじー!?
なんだか早いなぁ。
いやぁ長いのかなぁ。
どっちもだなぁ。
信頼している女医のみくちゃんが言いますには、
「イッタねぇ。だいたい普通は途中で止まるんだけど、ひぐちさん、全部イッタねぇ」
そんなわけで。
足首骨折、やり切りました。
友人のホロスコープ姉さんに言われてことを思い出します。
「みいさんはねぇ、ブレーキのないダンプカーよ。止まる時が死ぬ時ね」
なるほど。
中途半端じゃなく、足首やり切りました!
もしかしたら死ぬくらいのことが足首だけで済んだかもしれぬ。
ありがとう神様!
そんなわけで振り返る。
私の備忘録。
今思えば、病院にいる1ヶ月はある意味安全な時間。
治療のための砦の中。
入院中に一番しんどかったことってなんだろなと振り返ると、
手術の次の次の日あたりに確定申告の計算をやってもやっても数字が合わず、
何度も計算をやり直す、なんだかカオスだった……
わい……いつまで計算すんねん…… と、永遠を感じた。
熱があったんだからそりゃそうだ。
退院したら車椅子生活。
車椅子で初めて電車に乗るときに、なんともいえない不安な感じがした。
たぶん未経験のことだから、身体が身構えたんだと思う。
その感じはすぐになくなった。
何度も車椅子で外に出ると慣れてくるけれど、病院でいる時とは、感覚が違う。
安全の中の時に反応する身体の細胞と、
外に出た時に反応する身体の細胞は違うのもしれない。
簡単に言えば「危険」を感じるのだと思う。
バチクソに怪我をしてからというもの、
とにかくいろんな人に助けてもらって本当に感謝でございます。
あれもこれも頼んでお願いしてマジで助かったのです。
さてここで、
気づいたことその1 「助けを求めることっていい感じ」
アグリーっ子たちに言われたことは、「怪我したのが今の年でよかったね」と。
お、おお。確かに。
これが20代前半の自分だったら、絶対に誰にも助けを求めなかった。
何もかもを全部自分でやろうとして、二次災害を起こしてたと思う。
20代のわたしには、なぜだが「迷惑かけてはいけない」「全部自分でやらないと」
という謎の思い込みがあったりした。
人にお願いするのが情けないとか恥ずかしいって思っていたのだと思う。
青い、青いぜ若かりし日のあたい。
今となってはもう、
「やーできないもんはできないからなー」 だし、
「やーそもそも生まれた時から迷惑かけてるしなー」だし、
「やー情けなくて恥ずかしいから学んでんのよ」である。
きっといろんなことを明らかに見て、認めて、あきらめたんだな。
「助けて」って言えるのいい感じ。
気づいたことその2「拒絶」
街中を車椅子で動くのには、情報がいる。
行きたい場所への情報がいる。
立ち往生しないためにも。
「危険」を情報で大丈夫に変えると、 電車でどこにでも行けるのだなと驚いた。
エレベーターもある。スロープも出してもらえる。
あ、結構自由だ、と思った。
でもこれって、大阪市内だからかもしれないなとも思った。
車社会だったら、誰かに車を出してもらわないといけないのかもしれない。
そうすると気軽さと自由度は変化するかもしれない。
道が凸凹してると車椅子は自由がキカナクなる。
1センチの段差が大きな問題。
凸凹の道は走りにくい。だからツルッとした整備された施設とかとても動きやすい。
だけど松葉杖になると、そのツルッとした床は雨で濡れると驚くほどに滑りやすい。
車椅子ならスムーズだけど、雨の日の松葉杖は危険極まりない。
完璧な道はないのだと思った。
そして、 完璧な街などない。
街はデザインされている。おしゃれカフェにはおしゃれ段差がある。
どうしてもお土産に買いたい和菓子があって、その店に行くと入り口に段差があった。
さてどうしようかと扉にうんと手を伸ばすけど、まぁ開かないし、段差があるし。
店は全部がガラス張り。
うんとこどっこいせとやってる私はどんなふうに見えたかな。
だがしかし。
誰も見ていない。
店員さんは目の前のお客さんをさばくことに意識を持っていかれて、
一瞬目があったような気がしても、見えていないのかもしれない。
その時に、うっすら、うっすらと私の心にもやっとしたものが生まれた。
「あ、この店には入れてもらえないんだ」
店から拒絶をされたような感覚と言えば大袈裟だろうけど、
あえてこのモヤリを言葉にしてみると、やっぱり「拒絶」だった。
私はいつかは車椅子を卒業するという予定があって、そんな私でもモヤリが生まれる。
日々、街の中で、「ここには入れてもらえないんだ」感覚を積み重ねていったら、
とてもとても悲しいことになるなと思った。
どの段差も見ても悲しくなる。
どの段差を見ても拒絶されているという苦しみが生まれる。
お店に来たお客さんが扉を開け、車椅子を動かすのを手伝ってくれた。
見ず知らずの誰かが、たくさん手伝ってくれたこの3ヶ月間だった。
通りすがりの誰か。
もちろん、和菓子屋のように帰り際にさえ気づかれないこともあったけれど、
他の誰かに必ず助けてもらっていたなと思う。
居酒屋は気分が上がってるお客さんたちが、なんだか景気良く助けてくれた。
人は気分がいいと手を差し伸べたくなるんだろうか。
そうなのだ。
街を眺めて考えてみた。
完璧な道や街が存在しないように、 完璧な店も接客も人間も存在しない。
だけど手伝ってくれる人は必ず現れた。
街をすべてバリアフリーにするのがいいのかと言えば、なんだか私はそうは思えなかった。
街にはデザインがあるから、その街の個性があるのだろうし、
それは文化と言ってもいいだろうし、その店の個性でもある。
そしてスロープがすべてについていたら良いかと言えば、案外そうでもない。
スロープにも種類があって、スロープはスロープだが、これはやはり手伝いがないと上がれないスロープ系もあるし、いや、これは押してもらっても上がれない感じのスロープです、みたいなのもあった。
だから「人間」の力が一番だなと。
バリアフリーならそれは嬉しいけど、段差があってもいい。
段差があるおしゃれカフェに入りたいって気持ちが生まれたら、入りたいもの。
その時に、必ず誰かを助ける誰かが存在していてほしいと思った。
誰かを助けるたくさんの通りすがりさんが生きている街がいいなと思った。
しかし人々は忙しい。
電車に乗って、ホームに降りて電車が出発していくのを少し眺めていた。
誰も彼も車内で一生懸命スマホを見ていた。
みんな、忙しいんだな。
生きるのに忙しい。
焦って生きるのに忙しい。
暇を潰して生きるのに忙しい。
自分のことで忙しい。
きっと私もそうなだろうなと思う。
「すみません。こうしたいので手伝ってください」
と、言うのはなかなか勇気がいる。
そして言う前に手伝ってほしいと思ったりするのが人間だったりもする。
でも言おうと思った。
「拒絶」されたと感じる時は同時に、
私も「拒絶」しているのかもしれないと思ったから。
そして言葉にして言ってみると拒絶する人は、まぁ、いない。
どちらかと言えば、「気づかなくてすみません」と、手伝ってくれる。
言ってみたら、それに慣れてくるからそのうち勇気出さなくても言えるようになったりする。
言えるなーと思う人が言う回数を増やしていくと、
頼む前に手伝ってくれる人も実は増えていくんじゃないかと思った。
そんで「手伝いましょうか」って聞く方も、きっと勇気がいるんだなと思った。
難波で長めのスロープ をうんせと登っている時、もう終わりかけのその一瞬。
2、3メートル距離があって、じっとこちらを見ている女の人がいた。
じっと見てるけど、なんだか戸惑いがあって、躊躇があって、
「あ……あ……あ……」みたいな声が聞こえてきそうな。
そして私はスロープをすっかり登り終えていて。
その女の人は、「あー……あ……」と何かが終わったような空気をまとっていた。
目があった私は、会釈をした。
向こうもかすかに会釈を返してくれた。
これは私の勝手な想像。
もしかしたら、「あ、手伝ったほうが、あ、スロープって、のぼりきついし、あ、でも、あ、でも、あ、あ、あ、のぼり終わった、あ、迷ってたら、終わった……」
みたいな内側があったのかなと思ったりした。
全然違うのかもしれないけど。
私は勝手な自分の想像で、手伝ってもらった気分になってぺこりと頭を下げたくなったのだ。
そんな人たちはちらほらといてくださったんじゃないかなと思った。
想像だけど。
見ず知らずで関わるって、どっちも勇気がいるんだな。
4月5月と、見ず知らずの人たちとたくさん喋った。
手伝ってもろて、ものすごいありがとうを言って、さよならする。
たぶん3分にも満たない時間。
その人と私の人生が交わる瞬間。
旅行者の人たちの時には「すごい、絶対会うことないはずなのに会っちゃった!」と思った。
とてもとても、興味深い車椅子生活の日々だった。
この3ヶ月、見ず知らずさんたちにも、いつも一緒にいてくれる人たちにも、
とことんお世話になってウルトラありがとうでございます。
ぜんぶ、ぜんぶ、ひとだった。
完璧な街も道もない。
完璧にしていくのは、人でしかないと思った。
それは同時に不完全も作っていくことになるのだけれど。
人には光と闇があるから。
光に偏りすぎるのも危険だと感じるし、
もちろん闇に偏りすぎるのも危険。
どちらも、人の中にある。
そして3ヶ月経っても、手術の切り口は、時折ピリリと痛むのね。
メスで皮膚を切るって、すごいことなんだなぁ。
松葉杖も卒業するけれど、せめて年内は慌てないように念願の杖を使う予定。
張り切ってAmazonで購入。
とても迷ったけれど……厨二病全開の杖ではなく、
SGマークちゅうのがあるものを選びました。
よろしく相棒✨

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