市民と創造する演劇『赤鬼』舞台手話通訳付きバージョン プロってナンだろうの問いについて

怒涛の2026年始まりまして✨
新年あけましておめでとうがもうハルカむかし過ぎる。
のに。
なんとまだ2月……
早いんだか遅いんだか、
ひぐの頭の中は忙しいみたいでわっしょいしています。
 
1月から『赤鬼』の第一次お稽古が始まりまして、こちらも怒涛。
第一次お稽古が終わったら、選挙が始まったなぁ。
こちらも怒涛。
さてどうなるかしら。
 
なんて考えていたら第二次稽古真っ只中。
第一次稽古からずっと問われていることがあって。
それについて今現在私の考えを記録しておこうと思う。
 
「市民と創作することは、プロの現場とどう違いますか?」という問いについて。
それは昨年のプレの時から、何度もこの問いが現れる。
この問いを、もっとちゃんと考えないとな、と思った。 

プロフェッショナルってなんだろうか。
シンプルに言えば「専門家」
演劇の専門家。作家だったり演出家だったり、美術や照明、音響、ほかにもたくさん、
さまざまな役職において、専門知識と技術と思想があることだろうと思う。
一般的に説明するなら。 たぶん。
さらに、専門性があるからこそ、それらによって生計が立てられることが繋がってくる。
けれどこれはイコールにはならないこともあると思う。
専門性を持っているけれど、職業は別の職業を選んでいる人もいるから。

そんでさらに私は、
私にとってのプロとはなんだろうかを考える。 
「私にとっての」だから、あくまでこれは私の創作現場に限ってのことだと思う。

演劇は基本的には誰でもできると思っている。
それをベースに、私はワークショップと上演を大きく分けて考えている。 
 
全く演劇とは関わっていないだろう人へ、演劇の方法を用いてワークショップをする時、
「創造」や「想像」のハードルを小さく柔らかいものにしたい。
「あ、こんなことやっちゃってもいいんだ」という自分への許可を増やしたいと思っている。
「あ、こんな簡単でいいんだ」
「あ、誰も変だなとか思わないんだ」 
「自分が思ったことでいいんだ」 
ああ、楽しかった、という感覚。
開かれた感覚。
自分ってものに対する可能性を感じる感覚。
それに触れるだけで創造性はどんどん広がっていく。
そこを大事にしたいと思う。 
 
上演になると少し角度が変わる。
 
演劇ってものは、なかなか劇的。
人間の営みを芸術にするから。
上演されるものは様々な人生の大変な物語が繰り広げられる。
失恋で心を痛めることも大変だし、
戦いを始める武将も大変だし、
猫を拾う不良学生だって大変だ。 
人間を描くと、大変なことばかり。
 
客席でお芝居を見ている時は、
「刺さる」とか、「分かる」とか、「分からない」とか、
「ピンとこない」 とか、「自分の思ってることを言語化されてスッキリした」とか、
感じ取れること、受け止められること、受け止めきれないこともたくさんある。
衝撃はさまざまにあったとしても最終的に何を感じとるかは、
観客はそれらを選択できるし、するべきだと思う。
 
けれど上演となると。
それらを舞台の上で表現するとなると、ちょっと話は違うくなると思っている。 
俳優たちは舞台上でそれらを体験せねばならないから。
登場人物の痛みや悲しみ喜びを、その身体で表現するためには、
「選択しない」選択はできない。
なぜこの登場人物が痛みを感じるのかを分析しなければならない。
その際に、それを演じるその人自身の考え、体験、記憶を無視できない。
自分が演じる登場人物だけでなく、作品そのものについても考えなければならないから。
方向性を示すのは演出家の仕事だけれど、
自分の身体と頭と心を使って腑に落とさなければならない。
身体と感情は切り離し難い。ヘビィな内容であれば負担は確かに大きいだろうけれど、ではライトな内容だったら大丈夫かと言うと、決してそうではないと思う。
自分以外の他者(登場人物でもあり、それらを書いた劇作家でもある)について考えるには、自分が日々何を考えているか、どんな生き方をしてきたかがとても深く関わってくる。 
 
ワークショップは「開く」こと。
 
上演の稽古は、開いたあとに、自分を明らかに見なければならないのだと思う。 
それはとても大変な作業だ。
すべてが楽しいわけではなくネガティブな自分を見つけてしまうこともあるはず。
「己」ってやつは、今の自分自身が思っているような簡単なものじゃない。
それでも向き合えるか、己と。 
向き合えば向き合うほど、己は広がるからキリがないのだけれど。
それでも向き合えるか。

己から目をそらさないことが、私にとっての潜在的プロフェッショナルなのだと思う。

世間一般のプロフェッショナルではなく、私にとってのプロフェッショナルで考えるなら、
『赤鬼』の稽古場に参加してくれている市民の皆さんは、本当に誰もが潜在的プロフェッショナルであると思う。

ここからさらにもう一段階、
顕在的プロフェッショナルであるために絶対的に必要だなと思うこと。
向き合います、と引き受けたうえで、
「私はプロフェッショナルです」と名乗ることが顕在的プロフェッショナルなのだと思う。
そしてこのハードルこそが、きっと高いのだろう。
 
一般的プロフェッショナルと私的プロフェッショナル、さらにその中で潜在的プロフェッショナルと顕在的プロフェッショナルに分けて考えてみて、やっと自分で理解できました。 
これらは私のプロ設定であって、私の整理のための備忘録。 
皆さんの設定はどんなでしょう? 

さあー、今日も稽古に参りましょう✨
 
【 作 】野田秀樹
【脚色・演出】樋口ミユ
【振付】武田幹也
【音楽協力】棚川寛子
【出演・演出補】山崎皓司
【舞台手話】加藤真紀子、高田美香、水野里香
【手話監修】河合依子

【舞台美術】柴田隆弘
【照明】横原由祐
【音響】佐藤こうじ
【衣裳】長峰麻貴
【舞台監督】伊東龍彦
【演出助手】山田朋佳
【制作助手】石坂杏子 
 
【キャスト】石川明弘、磯和真帆、板坂重信、今泉伸之介、北野 黎、近藤樺楊、佐藤伸夫、白井小百合、鈴木俊介、鈴木宏彰、棚橋佑衣、塚原知世、土倉真衣、伴 美月、藤井佳子、古田 英、古田久子、堀 健太、森川理文、山田梨央 / 山崎皓司 
 
【制作助手】
2026年3月7日 (土) 13:00開演/17:30開演
2026年3月8日 (日) 13:00開演
※開場は開演の30分前
※上演時間は90分を予定しています。
★3月7日(土)17:30開演の回終演後トークあり 
 
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